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2009年5月 9日 (土)

風の男 白洲次郎

風の男白洲次郎
新潮文庫
青柳恵介/著

プリンシプルのない日本
新潮文庫
白洲次郎/著

Shirasu

明治35年生まれ
大正8年英国留学
大正14年ケンブリッジ大学卒(英国ではベントレー、ブガッティを乗り回す)
昭和20年「終戦連絡事務局」参与
昭和21年 同 次長 日本国憲法受領に同席
昭和23年貿易庁初代長官
昭和26年サンフランシスコ講和条約全権委任団に同行

日本人離れした風貌に身長180cm超の堂々とした体格。

「戦争に負けはしたが、奴隷になったわけではない。言うべきことは言わなければならない」

時のGHQから「もっとも従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた男

GHQホイットニー将軍から

「白洲さんの英語は大変立派な英語ですね」と言われ、

「あなたももう少し勉強すれば立派な英語になりますよ」と切り替えしたとか。

正に痛快!!

理事長をしていた軽井沢ゴルフクラブにて、

台風の後始末で奮闘しているときに、「再開させろ!」とごねた某代議士に向かって、
「とぼけたことを言っていると今度の選挙では落選するぞ!」と追い返した。

運転手に靴ひもを結ばせている客に対して、
「てめえは手がねえのか」

青柳恵介氏

没後、軽井沢ゴルフクラブのキャディさんたちに思い出話を聞くと、
「本当にやさしい方だった」と。全員が涙をこらえ話が聞けなかったと。

トヨタ自動車の豊田章一郎に「少しは車のことを勉強しろよ」と言い、当時のソアラの欠点を指摘したとか。さらに白洲は、自分のポルシェ911を東富士試験場に乗り込みトヨタの技術者に「これを分解してソアラを作るときの参考にしたまえ」と言って置いてきたとか。

英国留学時代の1926年、パリ~シャルトル(90km位らしい)をブガッティにて1時間掛からず。同乗されていた方の記憶だと時速100マイルは超えていたらしい。しかも当時は未舗装だったらしい。まさに車に対する見識は並大抵のものじゃなさそうです。

遺書らしきもの「葬式無用 戒名不要」

彼に比べれば俺なんて「ごみ以下」だな。。。。

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